槇本楠郎その3

「らんばうぢやありませんか。ひとの体に蔓をまきつけるなんて。さあ早く、その手をはなして下さい。わたしは苦しくつて、息がきれさうです。ねえ、早くはなして下さい。」さう云つてゐるのは、顔のまつ黒い、脊の低い、なすでした。
「だつて、ぼくは蔓があるんで、ブラ下つてみたくてたまらないんだ。へちまのやうに高いところにブラ下つて、すずしい風にふかれてみたいんだ。ぼくは体が金色だから、へちまやひようたんより、とてもきれいなんだ。だい一、きみがこんなところにゐるから、いけないんだ。強さうな体のくせに、ケチ/\云ふもんぢやないよ。」
 さう云つたのは、金色の顔をした、卵のやうなきんまくわでした。きんまくわは、畑中に蔓をのばして這ひまはり、それからなすの木に、いぢ悪くまきついてゐるのでした。
 なすは、泣きだしさうな声で、
「だつて、あなたは青瓜さんや、白瓜さんの仲間ですもの、地面をはふだけで、いいぢやありませんか。わたしにまきつくなんて、あんまり、ひどいぢやありませんか。わたしは、竹や棒ではありません。早くはなして下さい。ああ、くるしくつてたまりません。」
 けれど、いぢわるのきんまくわは、はなすどころか、グイグイと、一そうなすの体に、青い蔓をグルグルまきつけてしまひました。

「おい/\、みんな、よう聞け。今日はもう三時まへだから、通草をとつたり、野葡萄をとつて食つてちや、あかんぞ。今日は、一番おしまひの日だからな。一人が四合以上ひろふんだから、ひろつた栗は、一つだつて食つちや、あかんぞ。」
 鎮守の裏山の雑木林にさしかゝると、もうあちこちに、栗の木が見えだしました。六人づれの先頭になつてゐた高一は、坂道をわざと後向きに登りながら、ガヤ/\さわぐみんなに、かう云ひました。この六人の男の子たちは、「栗ひろひ週間」のためにつくられた、五年生の第四組の者で、高一はその組長だつたのです。
「だつて高ちやん、おれはこの前、誰よりも一番よけいにひろつたんだぞ。ちつとぐらゐ遊んだつて、がまんしてくれよウ。」
 さつきから野葡萄ばかりさがしてゐた金太がさう云ふと、銀色の穂薄で頭をたゝき合つてゐた勇治と庄吉とが、すぐ口をそろへて云ひました。
「そんならぼくだつて、一番はじめの日は一升一合もひろつたんだから、がまんしてくれろ。いゝかア、高ちやん、組長?」
「よし、勇治、許してやる。ぼくだつてな、あのときは一升ぢかくひろつたぞ。それから二度ひろつたんだから、もう二升以上もぼくだけでひろつたい。よくひろつたなア、庄吉。よし、庄吉も許してやる。少しぐらゐ遊べエ。」
「ああ、ありがたい/\! ぼくにもお許しが出たアい!」

 今日は、ひとつ、私の子供の時分――小学校時代のことを話しませう。私は八つから小学校へ上りましたが、その年が丁度「日露戦争」の終つた年でしたから、もうよつぽど古いことです。
 その頃、私の村には小学校が二つありましたが、大きい方も小さい方も、どちらも尋常科だけで、高等科は隣村の町にしかなかつたのです。しかもその頃の尋常科は四年まででした。それで卒業なんです。
 私の上つたのは小さい方の、「就徳尋常小学校」といふので、先生がたつた一人つきり、生徒が、一年から四年まで合せて五十人ほどでした。校舎も一つで、教室も一つきりでした。
 カーン/\・カーン/\と、授業の始まるごとに合図の板木を叩くのは先生で、時には先生の奥さんが叩くこともありました。この学校には小使さんなんか居ないで、先生と奥さんとが二人の子供をつれて、いつも泊りこんでゐるのでした。
 さあ、カーン/\が鳴つたといふと、みんな大急ぎに駈足で帰つて来ます。それもその筈、いつだつて、たいてい生徒は学校の庭で遊んでゐることはなく、大きな子供なんかは五・六丁も先の小山や、小川や、田圃道で遊んでゐたからです。あんまり遠くへ行つてゐるとカーン/\が聞えないので、そんな時は、誰でも聞えた者が知らせ合ふことになつてゐました。
 ワツシヨイ/\と帰つて来ると、校舎の玄関を入つて左に折れ、たつた一つの教室の入口の土間に飛びこみ、そこへゴチヤ/\に草履や下駄を脱いで教室にながれ込むのですが、履物にはみんな名札が附いてゐたので、めつたに無くなることはありませんでした。

槇本楠郎その2

 ひつくりかへされた甲虫は、仰向けになつたまゝ、六本の太い足をモゴ/\動かすばかりで、どうしても起きられません。そのうち固い甲羅のやうな黒い翅を開いて、その中から、茶色の薄絹のやうな翅を出して、ブルル・ブルルとふるはせ出しました。と思ふ間にくるッと起きあがり、そのまゝ空中に飛びあがると、ブルルンといふ翅音を立てながら、お縁を飛び出して、庭の空にまひあがつてしまひました。真奈ちやんの大切な小さい指環を、赤い糸の先にブラ下げたまゝ。
 みんなポカンとして見てゐるうちに、甲虫は庭の空を横切つて、垣根の隅にある、大人の一抱もある、高い/\柿の木のてつぺんの枝にとまつてしまひました。指環がキラ/\しながら、ブランと下つてゐます。
「あッ!」
 みんなびつくりしました。大騒ぎになりました。庭に出て高い枝を見あげましたが、物干竿だつてとどきさうにはありません。もし、も一度とんだら、どこまで逃げて行くかわかりません。
 お母さんを呼び、お父さんを呼んで来ました。けれど、お母さんはまぶしさうに見あげるばかりですし、中学校の英語の先生であるお父さんは、昔から木登りなんか少しも出来ないので、みんな見あげてはさわぐだけです。真奈ちやんは泣けさうになつて来ました。

猿から貰つた柿の種
だまされたとは知らぬ蟹
ねぢ鉢卷で肥料やる
二葉に芽が出て花が咲く
果がなりやどこから出て來たか
ひよつくり山猿・赤い顏

見事見事とほめそやし
つる/\登つて山猿め
ムシヤ/\頬張る赤い柿
氣のよい蟹はだまされて
下から見上げて待つてれば
甲羅にはぢける青い柿

やれ/\ひどい山猿め
こいつ逃がしてなるものか
仲間の石臼・蜂に栗
大勢味方が集つて
たうとう山猿・赤い顏
チヨン切り落して蒼い顏

 つばめは、まいあさ早く、すずしいたんぼの上へ、ツーイ/\ととんで来ました。そして身がるさうに、ななめにとんだり、クルリとひつくりかへつたり、作物の頭とすれすれにとんだりして、目をさましたばかりの作物に、かう挨拶していきました。
「みんな、おはやう。かはつたことはありませんか?」
 すると、朝露にぬれた作物たちは、みんな顔をあげて、つばめに挨拶しました。
「つばめさん、おはやう。かはつたことはありません。」
 作物たちは、自分の新芽や葉を食べるわるい虫を、みんな、つばめにとつてもらつてゐたのです。だから、まいあさつばめが見まはりに来ると、かう挨拶してゐたのです。
 ところが、ある朝、つばめがツーイ/\と、とんで来て見ますと、畑のまん中で、作物たちの、喧嘩がはじまつてゐました。よく見るとそれは、なすときんまくわとでした。

槇本楠郎

 貧しい子供たちよ。
 おぢさんは、みんなが大へん可愛い。この本は君たちに讀んでもらひ、歌つてもらうために書いたのだ。金持の子供なんか讀まなくたつていい。
 おぢさんは君たちのお父さんやお母さんと同じやうに貧乏だ。そして君たちのやうな元氣な可愛い子供を持つてゐる。去年は六つになるスミレといふ女の子を一人亡くした。それはおぢさんが貧乏なために、金持の子のやうに大切にしてやられなかつたからだ。だがおぢさんにはまだ二人の子供がある。もしこの二人が死んでしまつても、おぢさんはまだ/\氣を落しはしまい。それは元氣な君たちが大勢ゐてくれるからだ。それほどおぢさんは君たちを、自分の子のやうに思つてゐる。
 おぢさんは永いこと、いつも、君たちにいい本をこしらへてあげたいと思つてゐた。けれど貧乏では本も書けない。今度やつとのことで、この本をつくることができた。けれどこれは手はじめで、そんなにいいものとは云へない。第一、本が高すぎる。それに童謠だつて、まだほんとうに君たちに好かれないかも知れない。けれど君たちは金持の子や、金持の味方の詩人やまたそいつらと一しよに貧乏人を馬鹿にしてゐる奴らのやうに、このおぢさんの童謠を一も二もなく、頭からバカにし、惡口なんか云はないだらう。きつと、おぢさんの子供やおぢさんを好いてくれる子供たちと同じやうに、よろこんで讀んでくれ、よろこんで歌つてくれるにちがひない。

おふくろよ
おれは おまえまで
そう かわっていようとは おもわなかった
まえば が 一ぽんしか のこっていなかったというのではない
あたま が まっしろになっていたからというのでもない
また こし が ひんまがっていたからというのでも むろん ない
おふくろよ
おれは あのばん
おまえが もりあげて だしてくれる むぎめしの
しみて ざくろのみのように ポツポツするやつを
やぶれしょうじ の なかにはった ねまきのまえで かきこみながら
おまえから きいた
あの いえをこわされるときのはなし

 お縁に来てみると、甲虫の箱のわきに、ブリキやセルロイドで作つた小さな車のおもちやを、真奈ちやんがドッサリ持つて来てゐました。
「あらまあ、大へんなおもちやですね。」
 お君はさう言ひながらお縁に坐つて、箱の中をガサゴソとはひまはつてゐる甲虫をつまんで、すぐ一匹づゝ、赤い糸で首のところをくゝつてしまひました。それからお君もいつしよに、みんなで甲虫に車を引かせました。
 甲虫は六本の足をひろげて、釣針のやうな鈎の爪をどこへでもひつかけて、赤や青や黄や紫の自動車や汽船や大砲やタンクや乳母車を、五つも六つも、いつしよにひいて、ゾロッ・ゾロッと、お縁をはつて行きます。
「強いなあ。」
「面白いなあ。」
 みんなよろこびました。
「オリンピックをさせてごらんなさい。もつと面白いから。五匹を一列に並べて。」
 お君がさういふと、すぐ、みんなでその通りにしました。そして大騒ぎになりました。台所からお母様が、ねえやのお君をお呼びになつても、有一君と真奈ちやんはお君を行かせませんでした。みんな甲虫の尻をたゝいて、応援しなければならなかつたからです。