槇本楠郎

 貧しい子供たちよ。
 おぢさんは、みんなが大へん可愛い。この本は君たちに讀んでもらひ、歌つてもらうために書いたのだ。金持の子供なんか讀まなくたつていい。
 おぢさんは君たちのお父さんやお母さんと同じやうに貧乏だ。そして君たちのやうな元氣な可愛い子供を持つてゐる。去年は六つになるスミレといふ女の子を一人亡くした。それはおぢさんが貧乏なために、金持の子のやうに大切にしてやられなかつたからだ。だがおぢさんにはまだ二人の子供がある。もしこの二人が死んでしまつても、おぢさんはまだ/\氣を落しはしまい。それは元氣な君たちが大勢ゐてくれるからだ。それほどおぢさんは君たちを、自分の子のやうに思つてゐる。
 おぢさんは永いこと、いつも、君たちにいい本をこしらへてあげたいと思つてゐた。けれど貧乏では本も書けない。今度やつとのことで、この本をつくることができた。けれどこれは手はじめで、そんなにいいものとは云へない。第一、本が高すぎる。それに童謠だつて、まだほんとうに君たちに好かれないかも知れない。けれど君たちは金持の子や、金持の味方の詩人やまたそいつらと一しよに貧乏人を馬鹿にしてゐる奴らのやうに、このおぢさんの童謠を一も二もなく、頭からバカにし、惡口なんか云はないだらう。きつと、おぢさんの子供やおぢさんを好いてくれる子供たちと同じやうに、よろこんで讀んでくれ、よろこんで歌つてくれるにちがひない。

おふくろよ
おれは おまえまで
そう かわっていようとは おもわなかった
まえば が 一ぽんしか のこっていなかったというのではない
あたま が まっしろになっていたからというのでもない
また こし が ひんまがっていたからというのでも むろん ない
おふくろよ
おれは あのばん
おまえが もりあげて だしてくれる むぎめしの
しみて ざくろのみのように ポツポツするやつを
やぶれしょうじ の なかにはった ねまきのまえで かきこみながら
おまえから きいた
あの いえをこわされるときのはなし

 お縁に来てみると、甲虫の箱のわきに、ブリキやセルロイドで作つた小さな車のおもちやを、真奈ちやんがドッサリ持つて来てゐました。
「あらまあ、大へんなおもちやですね。」
 お君はさう言ひながらお縁に坐つて、箱の中をガサゴソとはひまはつてゐる甲虫をつまんで、すぐ一匹づゝ、赤い糸で首のところをくゝつてしまひました。それからお君もいつしよに、みんなで甲虫に車を引かせました。
 甲虫は六本の足をひろげて、釣針のやうな鈎の爪をどこへでもひつかけて、赤や青や黄や紫の自動車や汽船や大砲やタンクや乳母車を、五つも六つも、いつしよにひいて、ゾロッ・ゾロッと、お縁をはつて行きます。
「強いなあ。」
「面白いなあ。」
 みんなよろこびました。
「オリンピックをさせてごらんなさい。もつと面白いから。五匹を一列に並べて。」
 お君がさういふと、すぐ、みんなでその通りにしました。そして大騒ぎになりました。台所からお母様が、ねえやのお君をお呼びになつても、有一君と真奈ちやんはお君を行かせませんでした。みんな甲虫の尻をたゝいて、応援しなければならなかつたからです。